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牟呂八幡宮は、『ええじゃないか』発祥の神社です。豊橋市で初宮、安産、厄除け各種御祈祷は、『ええじゃないか』発祥牟呂八幡宮へご参拝下さい。

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.0532-31-1567

〒441-8087 愛知県豊橋市牟呂町字郷社1-1

ええじゃないかeezyanaika

略歴

慶応3(1867)年7月14日午後4時頃、大西の多治カ屋敷に外宮のお札が降った。明くる日にも、天王社の中の樹に伊雑宮のお札が降り、さらにその晩、中村の普仙寺の秋葉山石灯籠に内宮のお札が降った。当時の牟呂八幡宮神主森田光尋は庄屋や総代を集め相談した結果、文政13(1830)年のお鍬祭に倣って実施することとなった。18日午後4時、大西の総代がお札を持ち、牟呂八幡宮へ向かった。村の人たちはお揃いの衣裳で-300年は大豊年-の古歌を歌いながら踊りたわむれた。
牟呂八幡宮ではお鍬様をお祭りし、神事を行い、社前に幟を立て人々には酒をふるまった。集まった大群衆の-300年は大豊年-の声はお宮の森にこだました。この遊び日は2夜3日の20日まで続いた。それから1ヶ月後の8月12日、牟呂八幡宮に秋葉山のお札と御像札が降っており、16、17日にお祭りをすることとなった。芝居や狂言を行い、お酒をふるまい、境内は人で埋め尽くされた。17日の夜、そのお札を境内の秋葉神社に納めた。


豊橋市美術博物館蔵

ええじゃないかの広がり

こうしてお札は次々と降り、神社や各家に降った。各村の神社に降った時は、その村の祭礼を行い、個人の家に降れば祭壇を設け、お札をかざり、人々には酒をふるまうなど、祭事をした。それゆえ、人々は噂を聞き、あちらこちらと飲み歩き、‐300年は大豊年‐ と浮かれていた。お札降りは忽ち東西へ広まっていった。
慶応3年9月から12月にかけて、お札降りにともなう‐ええじゃないか‐ のから騒ぎは次第に各地に広がっていった。男は女装し女は男装し、華やかな衣裳をまとい、浮かれ歩いた。お札降りがあったところに行き、酒食を強要したり、「これくれてもええじゃないか」と言って、勝手に持ち去ったりした。「それやってもええじゃないか」で止めようともしない。なんでも‐ええじゃないか‐ であった。さらに祭りは華美になり、豊年踊りやお陰踊りが入り交じった。二夜三日は七夜七日と拡大していった。

このように景気がよく明るく元気な世の中に復興したことにあやかったご利益ある -ええじゃないか札守- を社務所で授与いたしております。

ええじゃないかの現在

ええじゃないかを再現しようと豊橋商工会議所青年部と共催し、毎年7月第2土曜日に無病息災、商売繁盛、事業繁栄の祈願祭を行い、その後、境内の鼓楼からお札を撒き、当時の様相を再現しています。

店舗イメージ

shrine info.神社情報

牟呂八幡宮

〒441-8087
愛知県豊橋市牟呂町字郷社1-1
TEL.0532-31-1567
FAX.0532-31-1567